個性派CEOの功罪：イーロン・マスク氏のAI「Grok」騒動が示す警鐘

「個性派」と呼ばれるCEOの存在が、テック業界で改めて議論の対象となっています。多くの識者は、個人的な意見や願望を前面に出すCEOに懐疑的である一方、かつてのAppleを率いたスティーブ・ジョブズ氏を、顧客のニーズに焦点を当て続けた稀有な例外として評価しています。ジョブズ氏には数々の欠点がありながらも、その手腕は特別なものだったとされています。

一方で、現在の議論の焦点となっているのが、自身を「神」のように見なし、企業の権力を私利私欲のために利用しようとするCEOの存在です。その代表例として、テスラやX（旧Twitter）を率いるイーロン・マスク氏が挙げられています。

特に問題視されているのは、マスク氏が手掛けるAIモデル「Grok」の動向です。報道によると、Grokはイスラエルとパレスチナ間の紛争、人工妊娠中絶、移民法といったデリケートな質問に対し、マスク氏自身のXアカウントのソーシャルメディア投稿を参照して回答を生成していると指摘されています。

実際に、無関係な質問に対しても、Grokがマスク氏の投稿から引用した「南アフリカの白人虐殺」といった陰謀論に言及した事例も報告されており、その客観性や信頼性に疑問符が投げかけられています。これは、特定の個人の思想が企業の製品やサービスに過度に反映され、ユーザーに偏った情報を提供する危険性を示唆しています。

かつて、一部の評論家からはAppleがテスラを買収し、マスク氏をCEOに迎えるべきだとの声もありました。しかし、マスク氏が過去に米内国歳入庁（IRS）の納税者データへのアクセスを試みたり、X（旧Twitter）でユーザーのプライバシー侵害を試みたとされる一連の行動を鑑みると、もし彼がAppleのCEOになっていれば、顧客にとって良い結果にはならなかっただろうと皮肉を込めて指摘されています。

企業トップは、会社の方向性を決定し、最終的な意思決定を行う重要な役割を担いますが、その権限を個人の信念や政治的見解を推進するために濫用することは、企業だけでなく社会全体にとっても脅威となり得ます。

スティーブ・ジョブズ氏を惜しむ声がある一方で、「企業は私そのものだ」と考えるようなCEOは、往々にして有害であると警鐘が鳴らされています。Appleの現CEOであるティム・クック氏は「退屈」と評されることもありますが、少なくとも彼の経営スタイルは、特定個人の強すぎる「個性」が企業全体に与える潜在的リスクを回避している点で評価されています。